Spek

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 中から現れたのは、身長の高い色白の青年だった。 「お待ちしておりました。どうぞ」  男は危うく、アタッシュケースを落としそうになった。青年を見た瞬間、今まで熟考してきた様々な憶測が、見事に打ち砕かれたからだ。 「濱口君、なぜここに?」 「詳細は入室後に明かされます」  青年は左手で室内を差す。  男は、自分と同じ休日であるはずの後輩が職場にいる理由を必死で探す。しかし、どの視点から推察しようとも、明確な答えには到達出来なかった。  苛立ちと焦りが、男の胸中を支配する。青年の柔和な目を見つめながら、室内へ進入した。 「いやぁ、急に呼び出して済まなかった」  中央のソファーに座る人物を捉えた時、男の思考回路は完全に切断された。 「挨拶や前置きは抜きにしよう。今から言う質問に、速やかな回答を要求する。この男を知っているな?」  白髪の老人が見覚えのある新聞紙を突き出し、鋭い目差しで問い掛けてきた。だが男は入り口を背に硬直したまま、立ちすくんでいるしかない。 「千原。お前はこの男に仕事の依頼をしたな?」  千原と呼ばれた男は、最悪の可能性が現実へと変貌する様を直感的に認識した。 「虚偽の契約をし、極めて恣意的な理由で男に諜報活動を強要した。違うか?」  千原はゆっくりと、老人へ視線を移す。麻痺した脳に警鐘を鳴らすも、俊敏かつ巧みな思考力の回復は望めなかった。  だが、自分の計画に不備があったとは思えない。第一、証拠となる物は全て消し去ったはずだ。 「特命全権大使殿。仰っている意味が解せませんが」 「ほう、そうか。ではこれを見てもらおう」  白髪の大使は濱口に向かって頷く。すると青年はシルクの手袋をはめ、机の引き出しから小さな塊を取り出した。赤黒い血に染まった、携帯電話である。  そんな物で何が証明出来るのだろう、と千原はほくそ笑んだ。  濱口は慎重に携帯を操作し、画面を眼前に差し出した。  大使が言葉を続ける。 「あの三人なら、約二時間前に逮捕した」  笑みを浮かべていた千原の顔が、一瞬にして凍り付く。 「Cの命令で男の持ち物を全て焼却した、と供述している。契約書は勿論、男の記録物も全て。しかし、それは間違いだ。記録は残っていたのだよ、この中にね」  大きな目を尚も見開き、大使は血だらけの携帯を指差した。 「Cと名乗る人物との会話が録音されている。正確な日付と時刻もだ」
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