Spek

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「Cという人物が私だと言われるのですか!」  千原は震える唇で叫ぶ。必死に抵抗を試みるも、心のどこかで己の敗北を実感していた。 「声紋分析をすれば、はっきりするだろう。それに、お前は二つの小さなミスを犯した」  大使は冷静に語る。 「Cという名前の由来は、千原の頭文字とそして……ケースオフィサーの略称だ」  千原は不可抗力的に体が戦慄き、その場に膝をつく。 「そして、お前が依頼した男というのは、濱口の旧友だったのだよ」  大使の言葉を受け、濱口は一礼した。 「彼の奥様から連絡をいただきました。主人からメッセージがあると。そのメッセージは、彼と僕の間でのみ通用する隠語でした。僕は驚き、即刻彼を捜索し、発見したのです」  千原の目が真っ赤に染まる。 「あの男は、何者なんだ」  青年は明朗な顔つきで、男の問いに応じた。 「彼は僕の親友であり、僕の契約者です。彼からこの国へ来た理由を聞き、仕事を依頼したのです」  千原は遥か天井へそびえ立つ青年を見上げ、その足下にしがみついた。 「そ、そんなはずはない! それじゃあまるで」 「ええ。つまり彼は、二重スパイだったのです」  蒼白の顔を歪め、千原は脱力した。  大使は千原の元へ歩み寄って肩を叩き、立ち上がるよう促す。  だが千原は跪いたまま、静かに嗚咽を漏らすばかりだ。 「お前は過去数件に渡り、各国で書記官としての地位を悪用し、配置先の国を窮地に立たせてきた。なぜそこまでして、母国へ偽情報を流すのだ。なぜそこまでして、争い事を好むのだ」  幾分か声色を和らげ、大使は座り込んだ。  絨毯に丸い染みを広げ俯いたままだった千原は、その腫れ上がった目を大使に向けた。 「私は間違った事などしていない。母国を守るために、命懸けであらゆる手を尽くしてきた」  掠れた声が悲痛を伴う。悪足掻きのような大義名文が、唯一千原の沈みゆく心を支えていた。 「馬鹿者! お前のしてきた事は本末転倒の戯けだ。ケースオフィサーとして行なってきた悪行は、反って母国への不信を募らせているのだ!」 「だから、それが各国の正体なのです。世界は、我々の国を滅ぼそうとしている。今の内に手を打たなければ、侵略されてしまう」  紅潮した顔で、大使は息を吐く。  濱口から携帯電話を受け取ると、それが木原の耳へ添えられた。  携帯に内蔵されたボイスレコーダーから、男の声が流れる。
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