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女は目の前を次々と横切る小さな窓を見つめていた。
緩やかに停止した列車は深い暗闇を運んできたかのようで、女は気落ちしてしまう。
車内に入り通路へ踏み込むと埃まみれの老人にぶつかった。その歪んだ顔は、自分の不幸を戦争のせいにしているかのように醜い。女は老人を押し退けて先を進んだ。
前方に鳩車を引いた少年が歩いているのが見えた。首は泥だらけで、もんぺは破れている。
「赤切符が三等車なら、この国も三等ってことね」
女は皺だらけの紙片を眺め、ため息を吐いた。
もうすぐ日本は負ける。薄汚れた民衆や灰になった街に未来はない。
だから女は死ぬことにした。夜行列車の終点で、何もかも終わらせようと決めていた。
煤をかぶった座席に腰掛け、窓を眺める。空には星ひとつない。
窓に反射した自分の背後に、少年の顔が映り込んだ。女は酷く驚いた。
「坊や、どうしたの」
少年は鳩車を両手に抱え、にこりと笑った。
「こいつと一緒に、時計座の見える国まで行くんだよ。にっぽんじゃ一部しか見えないから」
――行けるはずないわ。
そう思う一方、妙に明るい兆しが胸を照らすのを感じ、女は一筋の涙を流した。
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