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「山本さんもいかがですか」
かき氷屋の前で、黒紅色の着流し姿の男がてんこ盛りの器を差し出してきた。
「そないなことより、早く見てほしい物があるんや」
「ええ。わかっています」
男はそう言って赤い氷を掻き込んだ。
「武者はん。わいはあんはんの夢を叶えてあげたいんや」
――武者小路実篤。山本はこの男の詩に心酔した。彼の作品は、人間の自由を無限に感じさせ、個を敬い、正しき人道へと導く哲学が込められていた。
「知ってますか」
実篤は右足を突き出した。たたみ草履を履いている。
「これはサンダルというんだ。西欧の言葉が語源らしい。我々はあの国々から学ぶべきことが多いんです。だから私は西欧と日本の芸術を結ぶ架け橋になりたい」
「せやから白樺美術館を作りたいんやろう?」
「いかにも。美術館を機縁として何か人類の平和と愛と喜びと理解の運動を日本にも起こしたいと思う」
「準備は整ってまんねん。見に行きまひょ。あんさんに依頼されて買ってきた、ゴッホのひまわりの絵を」
そう言って背中を向けた山本だったが、真夏だというのに全身が震えている。実篤の放った言葉に、涙が込み上げたからであった。
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