恋火

2/4
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
      ――それは昔   神々も精霊も、人間も動物も植物も同じ世界で暮らしていた太古の時代。 川のせせらぎは笑い、光は撫でる。風は舞い、悪戯をする。 満ち溢れる生命の輝きは何処までも何処までも、幸福だと思わせるに足りるものであった。       そして、地上のとある村で   ――炎と人間の娘が恋に落ちた。   炎は仲間の中で、踊りが一番に上手かった。ゆらゆらと、茜色と橙色の入り交じった色々は、空を突き抜け蒼に溶ける。瞬きは流動的に尾を引いた。大地を焦がすことなく舞う軌跡は、さながら赤い雷のよう。自らの灼熱に身を焦がし、時に激しく時に愛しく、天を仰ぎ地を這うそれは、誰もが勇猛果敢なる炎の踊りだと褒め讃えた。だが、娘は違った。 彼女は笑う   「なんと優しい踊りか」   娘は炎の心を愛した。     娘は大層美しい。そして何より唄が上手かった。透き通る肌は雪解けのよう、黒髪が風に舞う時の何と優美なことか。果実のような唇から漏れる、鈴音のような声。誰もが彼女の美貌を讃え、清水が如く唄声に、心を病むまで魅入った。だが炎は違った。 炎は呟く   「何と激しい魂の持ち主だ」   炎も彼女の心を愛した。     それは永久に叶わぬ恋。 触れればたちまち、彼女の躯を髄まで焦がす。炎の熱は近寄ることも赦されない。二人は何時も、五歩離れた場所で見つめ合う。手を延ばせば届き、それでも決して埋められぬ二人の距離。   それでも二人は 地上の誰よりも幸せだった。   娘の唄を音楽に、炎は揺らめきながら踊りを見せる。決して触れられぬ互いの肌を越え、魂が一体になる悠久の調べ。 月が出ても二人は語る。照れると炎は一際燃えた。それを見て娘は笑った。 ただ、傍らに。 月の雫が落つるまで、隣で笑っていられたら、他に何も、望みはしなかった。      
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!