恋火

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    炎は流れくる風から真実を聞いた。 炎の留守、娘は村一番の狩人の若者と契りを交わさせられた。未だ帰らぬ炎の帰りを待っていた娘は泣きながら、厭だと、抵抗をする。娘を好いていた若者は幸いと、我が物にせんとする。 それは理不尽な暴力と、不可抗力の交錯した一瞬だった。     優しく純粋な娘は、若者を誤って殺してしまった。     娘は逃げた。炎を想い、泣きながら。激怒した村人に追われ、炎と歩いた野原を、夜に来た森を、天駆ける星空の下を。 逃げて逃げて 逃げて逃げて 村人は娘を囲み高揚した暴力の中、悲痛に歪む娘の心を、ただ純粋に真摯に炎を愛した娘を……握り、潰した。         炎は怒った。これほどに無い迄に、怒り狂った。全ては神と人の策謀だと知った。 その優しい身は怒りと憎悪に膨れ上がり、天つ彼方に届く巨大な火柱となって大地を焦がした。 灼熱の炎は黒く、木も、鳥も、草も、虫も、人も、神も、空も、優しさも、苦しみも全て燃やし尽くす。赦しを乞う者にも容赦をしなかった。娘が愛した山も、二人の想い出を敷いた金色の草原も、全てを憎み、呪い、焼き払い、邪魔をするものは一閃で熔かした。熔岩の涙を流し、叫び、轟々たる鳴咽と共に漏れ出るは、ただ一つの喪失感と、守れなかった絶望感。 己の愚かさと憎しみ、消えゆく命の瞬きをその身に感じながら、炎は怒った。     ――愛していた。例えその身に触れることが、永久に叶わなくとも。     やがて数日続いた焔の嵐は終わりを告げる。一面は焼け野原で、漆黒の丘の上には橙色の炎。星は、あの日と変わらずに降る。二人を見るのは、幾億もの星のかけら。 そこにあるのは娘の亡骸と、小さな小さな、尽きる直前の炎の篝火だけ。その命の燭が消える寸前、炎は娘の躯に触れた。 それは一瞬、されど一瞬。 暖かく、優しく燃え上がる。共に逝こうと、炎は天を仰ぐ。愛しい娘の骸はたちまち髄まで焦げ、灰になった。それは相変わらず愛しい、美しい、かけがえのないものだった。娘の躯が消え、最期の火柱が世界の中心で光を放つと、やがて、炎も、世界から消え去った。 後に残ったのは軟風、尚も降り続ける幾億もの星。降り積もる光は輝き、初めて触れ合うことの出来た、愛しい二人の最期を見守っていた。       恋火・終
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