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闇に紛れた長い路を、幸村は一人歩いていた。足取りは覚束無い。しかし顔は妙に色付きが良い。その姿から、彼がお酒を呑んでいることは誰もが分かるだろう。フラリフラリ。鼻歌混じりに、にこにこと楽しそうに笑いながら帰路を辿る。嗚呼、と欠伸を一つ。刹那、彼の後ろで何かが光った。その次の瞬間、幸村の後ろの茂みから、黒衣に身を包んだ人物が飛び掛かっていく。忍特有の武器である苦無(クナイ)を手に持って。
未だに鼻歌を歌っている幸村は、その事態には気付いてないといった状態である。
簡単だな。これが天下の真田幸村か…。
忍はニヤリと口元を緩める。その刃は、確実に幸村を貫いた。
――筈であった。
突然忍は動きを止め、そしてゆっくりと地面へ倒れていったのである。忍の倒れていく音を聞きながら、幸村は口を開いた。
「……ひやひやした。もう少し早く仕留めておけよな?」
そこには誰もいないのに、まるで誰かに呼び掛けるような口調である。にっこりと笑みを形作り後ろを振り向く。そこには先程倒れた忍の姿とと、もう一人…別な人物の影が伸びていた。
「なぁ……才蔵」
幸村はその人物に向けて呼び掛ける。月明かりを背にその場に立っていた人物は、無表情のままチィと小さく舌打ちをした。その音を聞くと、やれやれと呟きながら幸村は再び歩き出す。それに合わせるように、才蔵と呼ばれた人物もまたその姿を消した。
月明かりに照らされ、そこに残されたのはどこの手先とも知れぬ忍の骸だけとなったのだった……。
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