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「桜が見えたのか?」
意外な言葉だった。俺は見事な桜の形状を話した。
「そうか…。」
何かを考えているかのようだった。
「なんだよ?」
「いや…あそこの桜は五年前に切り落としたんだ。道路から階段が隠れて危なかったしね。だから海留君の姿も見えた…。でも桜の形は合っているんだ…。」
「桜も?桜も俺しか見えてなかったの?」
「うん。桜も、じいさんもさち子ちゃんも…お父さんも君にしか見えていなかった。」
「父ちゃん?と…父ちゃんも…」
「そう。だからお母さんは“いない”と言った。」
俺はうつ向いた。頭が混乱している。
「昔話しようか…あの桜には悲しい兄弟のお話があるんだ。」
「悲しい兄弟?」
「そう…さち子とケン坊のお話。」
「あっ!」
「うん。この話があるから君の話を信じたんだ。…今から七十二年前、あそこには立派な桜の木があった。ある日お兄ちゃんのケン坊が桜によじ登り、桜の枝を折ろうとした。すると妹のさち子がそれを止めたんだ。ケン坊が言うことを聞かないと幼いさち子は大きな声で泣き出した。…慌てて降りようとしたケン坊はさち子の上に落ちたんだ。」
俺の中で何かが当てはまる音がした。
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