仮面

2/8
前へ
/23ページ
次へ
    「綺麗な街……」  少年の口から、思わず感嘆の声が洩れる。整然とした石造りの町並みは、彼の目に強く焼き付いて離れない。 「こんにちは。光の街へようこそ」 「あ、こんにちは」  一人の女性が少年に語り掛ける。彼は律義に挨拶を返すと、自分よりも上にある女性の顔を見上げた。  美しく整った顔立ちの女性の表情は、溢れんばかりの笑顔で満ち溢れている。向日葵のように晴れやかな笑顔を見て、少年は首を傾げた。 「あの、悲しい時は笑わなくてもいいと思いますよ?」 「……悲しい? そんな事、微塵も感じていませんよ」  少年は、女性が見せる笑顔のどこかに悲愴さを覚えたのだが、彼女がそう否定するからには納得するしかない。  彼は軽く会釈すると、女性に別れを告げて更に街の奥に入り込んでいった。 「……皆笑ってる。なのに、何か悲しそう」  街を歩く人間たちは、皆幸せそうに笑っていた。しかし、少年はどこか物悲しさを感じてしまう。  深い悲しみや苦しみの上から、笑顔の仮面を無理矢理被っているような――本当の感情を覆い隠しているような違和感が、住人たちには存在していた。 「ようこそ、光の街へ。ここは、争いのない素敵な場所。いつでも平和」  少年の前に現れた、背の高い一人の男。彼も表情を微笑みで埋めているが、その笑顔にはどこか含みがあった。  全てを知っている、完全なる支配者の顔だ。箱庭で惑う者たちを、上から見下ろしているような顔。 「争いのない世界は素晴らしいだろう? 誰も悲しまない世界は素敵だろう? 君も、ここの住人にならないか?」 「誰も悲しまない? そうかな……皆、凄く悲しそうに見えるけど。辛さを隠してるだけじゃない?」  堂々と自分の主観を述べる少年に、男は顔を顰めた。テストで百点を取ったのに、全く褒めてもらえない子供のような気持ちだろうか。  しかし、彼はその表情をすぐに笑顔の仮面で隠した。 「光の街は素晴らしい場所だ。君も、一度見てくれば分かるだろう。明日の君を、遥か雲の彼方で待つ」  男は立ち去り、それを見届けた少年は、彼に言われた通りに街の中心へ繰り出した。  
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加