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「綺麗な街……」
少年の口から、思わず感嘆の声が洩れる。整然とした石造りの町並みは、彼の目に強く焼き付いて離れない。
「こんにちは。光の街へようこそ」
「あ、こんにちは」
一人の女性が少年に語り掛ける。彼は律義に挨拶を返すと、自分よりも上にある女性の顔を見上げた。
美しく整った顔立ちの女性の表情は、溢れんばかりの笑顔で満ち溢れている。向日葵のように晴れやかな笑顔を見て、少年は首を傾げた。
「あの、悲しい時は笑わなくてもいいと思いますよ?」
「……悲しい? そんな事、微塵も感じていませんよ」
少年は、女性が見せる笑顔のどこかに悲愴さを覚えたのだが、彼女がそう否定するからには納得するしかない。
彼は軽く会釈すると、女性に別れを告げて更に街の奥に入り込んでいった。
「……皆笑ってる。なのに、何か悲しそう」
街を歩く人間たちは、皆幸せそうに笑っていた。しかし、少年はどこか物悲しさを感じてしまう。
深い悲しみや苦しみの上から、笑顔の仮面を無理矢理被っているような――本当の感情を覆い隠しているような違和感が、住人たちには存在していた。
「ようこそ、光の街へ。ここは、争いのない素敵な場所。いつでも平和」
少年の前に現れた、背の高い一人の男。彼も表情を微笑みで埋めているが、その笑顔にはどこか含みがあった。
全てを知っている、完全なる支配者の顔だ。箱庭で惑う者たちを、上から見下ろしているような顔。
「争いのない世界は素晴らしいだろう? 誰も悲しまない世界は素敵だろう? 君も、ここの住人にならないか?」
「誰も悲しまない? そうかな……皆、凄く悲しそうに見えるけど。辛さを隠してるだけじゃない?」
堂々と自分の主観を述べる少年に、男は顔を顰めた。テストで百点を取ったのに、全く褒めてもらえない子供のような気持ちだろうか。
しかし、彼はその表情をすぐに笑顔の仮面で隠した。
「光の街は素晴らしい場所だ。君も、一度見てくれば分かるだろう。明日の君を、遥か雲の彼方で待つ」
男は立ち去り、それを見届けた少年は、彼に言われた通りに街の中心へ繰り出した。
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