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「ああ、悪かったね」
女は部屋に入りかかったところで止まり、
「あたいの名は、灯(あかり)。姓はあるけど、私事で言えないさね」
女――灯は「悪いねぇ」と苦笑した。
「構いませんよ。では食事はどう致しましょうか?持って来ますか?」
早苗(さな)は顔の前で手を振りながら、「気にしてない」といった風に言った。
「一緒に食事しても良いのかい?」
「ええ。と言うより旦那がお客様と食べるのが好きでして」
「へぇ。それは随分と風情のある人だねぇ」
灯は素直に感心した。
「いえいえ。結構なお人好しでしてね、家内として大変ですよ」
早苗は軽口を叩いて、「では後程」と部屋を出て行った。
「さて今何処を彷徨いてるかね」
灯は部屋に付いている窓を開けた。
窓からは、先程来た時に見た庭が見えた。
キンモクセイの花の強い匂いがする。
だが灯にはキンモクセイの花の匂いとは違った、匂いが強くしていた。
「まだ結構離れてるね。でも夜中迄には充分だねぇ」
とここで。
「おいっ!お前灯ってんだな」
健太が声もかけずに灯の部屋にズカズカ入ってきた。
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