001 夏が始まりを告げる頃に

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――――9:21 リビング ダイニングテーブルで黙々とペンを走らせる。 その表情からは面白そうにしていなければ、苦痛とも取れない。 ただ無表情というのが表現として当てはまる。 そしてその手が止まると 「終わった……」 と一言呟き、ペンを静かに置き、背もたれにその身を力無く預けた。 だが無表情。 やり遂げた満足感がなければ、宿題に費やした時間を取り戻そうと躍起になる訳でもない。 ただ終わったからそれで終わり。 霧咲綾(きりさきあや)はそんな人物だった。 黒のタンクトップに、黒のボトムパンツ。更には少し癖の強い前髪と、背中まであろう程の長い艶やかな黒髪、それを無造作に束ねる金メッキを施した金属製のリング。 ただその顔立ちは極端に大きく、透けない厚い瓶底レンズで全貌は見えない。体格も中称的で男女の区別が難しい。 どちらかと言えば、女性に見えるが、漂う雰囲気はどちらに見えようが陰湿な雰囲気に、重力が倍に感じるほど重いく感じる。 何かを強く渇望している訳ではない。 しかし日々に何かを実感を得ずにいる。 それが何であるか、綾はそれを知っているが……… そんな時、来客を告げるベルが鳴る。 綾は戸惑いながらも玄関へと向う。しかし綾にとって…… 「……誰だ?」 来客は苛立ちを抱かせる要因の一つに過ぎず、大して関心もない。、外にいる訪問者を覗き見る。 そして力の限り、何の前触れもなく扉を閉め、施錠する。 その間、0.2秒。閉扉と施錠が同時に起きたと見えても不思議ない速さ。 その後、数分の間が空いた。 これは外の訪問者が状況判断にそれだけの時間を要したという理由からだったのだが。 そしていつの間にか無言の我慢比べとなった状況に、10分後遂に外にいる訪問者が耐えきれず、口を割る。 「ど、どうしていきなり閉めるんですか!?折角お届けモノを持ってきたのにぃ~……」 「要らん、帰れ。」 扉をドンドンと叩いて、泣くように訴える訪問者に対して、綾は断固たる態度で開けようとはしなかった。 訪問者の声は青年の男のようで、その声の雰囲気はそれ程悪くはない。 しかし綾が訪問者を嫌悪する理由はそれではない。
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