過去の章 一、失踪

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 道は徐々に険しくなり、すでに獣道ですらなくなっている。若干の不安を抱きながら上を見上げるが、木々の間から零れる光はまったくなかった。辛うじて見える空は重たい灰色をしていて、どうにも雲行きが怪しい。雨でも降るかもしれない。  だが、僕の心にそれによる不安はなかった。矢上が僕を引っ張っていく、それだけで絶対的な安心が得られるのだろう。彼のことだから、僕より先に天候にも気付いているはずだ。それでも迷いなく歩みを進めるのだから、疑う余地もない。  それからしばらく歩き、唐突に矢上は振り向いて笑顔を輝かせた。僕も立ち止まりここについて訊こうとすると、楽しそうに後ろの方を指差した。  切り立った崖があった。ただし四角く穴が空いている。穴は周りを古そうな木材で補強されており、ただの洞穴と言うにはあまりに人工的だった。  矢上の推測だと、これは防空壕らしい。そして、ここを二人だけの場所にしようと提案した。もちろんそれは願ってもないことだ。僕も笑顔で頷いた。
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