想いまでの距離

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聞き覚えのある声が柑橘系の薫りとともに降ってきた 「大丈夫?白鳥くん」 同じクラスの女だった。 格好わりい。 よりにもよってこんな所を見られて、よりにもよって助けられるなんて。 私服姿の彼女は制服よりも大人っぽくて俺は正視できなかった。 俺は無言で起き上がった。体中がずきずきと痛む。 彼女は放り出された俺のベースを拾うと泥を払おうとした。 「そいつに触るな!」 思わず怒鳴り付けた俺に彼女は一瞬きょとんとした。 俺はベースをひったくるとランマに声をかけた。 ああ、とかううと唸るランマを右肩に、ベースと、もう原形を留めないほどにたたき壊された奴のギターを左肩に背負うと俺は体を引き摺って歩き始めた。 なあにあれという女たちの声がした。 こんな不様なところを見せたから自宅謹慎1日目の朝は俺は多分虫の良すぎる夢をみているに違い無いとしか思えなかった。 「起きなさい!起きなさいってばこの豚男!!」 兄貴は怪我人の俺をげしげし蹴るのだ。 「何しやがるこのオカマ野郎!!」 俺は兄貴の胸ぐらをつかんだ。 「汚ならしく惰眠貪ってる場合じゃないわよあんた!いつあんな娘をたらしこんだのよっ」 「はあ?」 兄貴に蹴飛ばされて玄関に出て俺は飛び上がった。 彼女だ。 彼女がくすくす笑いながら立っていたのだ。 俺とランマが袋叩きにあった現場にスコアが落ちていたらしい。彼女はそれを届けに来てくれたのだ。 「はあじゃないわよあんた!!礼くらい言いなさいよっ」 俺がぼそぼそとそれらしいことを呟くと彼女はにっこり笑って学校で待ってるからと言って帰っていった。 薄汚い玄関に彼女の柑橘系の薫りが残っていた。 「いい娘じゃなあい」 兄貴は遠ざかる彼女に手を振りながらウインクした。 「ちゃんと避妊すんのよ。あたしまだ叔母さんなんて呼ばれたくないわよ。」 俺はそんなんじゃねえよと呟いて部屋に戻った。 振り返ると玄関に彼女の残像がまだ残っていて 眩しく見えた。
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