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今日は風が暖かい。
流れる雲を見ながら仕事までここに座っている。それが彼の日課だった。
「……お前」
不意に影ができる。
視線を移すと、そこには鈴村がいて、呆れた顔をしていた。
「おや。お侍様」
「他にやることないのか?」
半目に近い目で自分を見下ろす鈴村に、胡蝶蘭は首を傾げた。
「お侍様こそ、お仕事はないんですかい?」
訊かれて、鈴村は「非番だ」と頷くと胡蝶蘭の隣に腰を下ろした。
「…昼飯は食ったか?」
鈴村は背中に背負っていた布を解くと膝に乗せた。
「いいえ。夕食の残りを朝食に食べましたがね」
「お前は煌びやかな着物を持っているくせに、貧乏なことを言うんだな」
鈴村は片眉を上げて胡散臭そうに胡蝶蘭を見た。
「あんな高い着物なんか着たいわけじゃないですよ。商売柄しょうがないんです、お侍様」
胡蝶蘭は一瞬だけ目を伏せたが、鈴村はそれを見逃さなかった。
布から葉の包みを取り出し、
「食え。」
と、突き出す。
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