第3章

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「いかがなされましたか?」  急に背後から声がした事に驚き、僕は咄嗟にドア側へと跳ね除けた。  見ると、首からエプロンを掛けた初老の紳士が、微笑みながら僕を覗き込んでいた。敵意は感じられないものの、目の奥が笑っていない様に感じられるのは気のせいだろうか。  どこかに胸騒ぎを覚えながら、僕は『大丈夫です』と答えた。 「いらっしゃいませ」  初老の紳士は深々と丁寧に頭を下げる。そうだ、この人も憶えている。僕の残像めいた『ミスティ』に出てくるマスターだ。  僕も慌てて立ち上がり、彼に挨拶した。  店内を見回してみると、唯一カウンターまでならなんとか行けそうだ。  僕はマスターに案内されるがまま、ミスティの店奥へと足を進めた。意外なほどカウンターの周りは落ち着いている。木漏れ日程度とは言え、わりと明るい。  入口を覆い隠すかの様に生えていた植物もここには殆んどない。  唯一カウンターの上には季節外れのひまわりが咲き誇っている。とは言っても一輪挿しの様相じゃ、よく出来た造花かも知れない。 「何にいたしますか?」  僕は取り敢えずメニューも見ないでコーヒーを注文した。先ずは何より落ち着きたかったからだ。  マスターは『はいよ』と返事をしてサイフォンの下に火を入れた。  もう一度、店内をよく見回してみる。このカウンターの周りだけぽっかりと拓けていて、やはりジャングルに迷い込んだかの様な情景だ。  ここら辺は、僕の記憶とも合致する。  窓がこの席からはよく見えない。状況からして、恐らくさっきの刺す様な視線はこのマスターのものだろう。  だがその質問を、今目の前の人にぶつけるのは怖い。僕はここまで出掛かった疑問を、苦いコーヒーと共に飲み込んだ。
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