第3章

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「ここはミスティですから」  そう言うとマスターは視線を落とした。  マスターの視線に合わせてカウンターの隅に目をやると、この店の紙マッチらしいものがカゴいっぱいに刺さっていた。 『MISSed Time Year』  これがこの店の正式名称なのだろう。視線を上げるとマスターが今度は上から覗き込んでいる。 「失われた時間と云う意味ですよ」  マスターに上から覗き込まれたまま、頭がこれ以上上がらない。いや、体全体が麻痺した様で、動かす事が出来ないのだ。  僕は仕方なく目だけでマスターの動きを追った。 「ほら、こちらが昨日いらっしゃった女性の方です。いい葉ぶりでしょう」  マスターはニコニコしながら少し小柄な人間ほどの観葉植物の葉の部分をぽんぽんと軽く叩いた。マスターが触れていない葉までがザワザワと騒めく。 「あなたも今日からここの名もなき住人です……」  そう言ってマスターは、動けない僕の頭に、斜め後ろから水差しで水を掛けた。薄れ行く意識の中で、先ほどの観葉植物に視線を移すと、ちょうど太い幹の中央より上の辺りに人間の顔の様なコブがあるのに気が付いた。  そしてその枝には携帯電話が通話状態のまま、ゆらゆらと揺れていた。
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