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「いらっしゃい」  マスターの声に、入って来た男性(ひと)を見る。長身でダークスーツ姿。バー独特の明るさでもカッコいいのがわかる。 「何を飲む?」 「ドライマティーニ」  ──聞いた事あるような声。  何処で?  ──私の周りで。  だけど、思い出せない。 「凛ちゃん、会社休みなのにスーツ着てるなんて珍しいな」  シゲの声。 「先輩、凛ちゃんって言わないでくださいよ。 スーツは、人と会う必要があったからです。 そう言う先輩こそ、いつもと違いますね」 「ひとりじゃないもので。 だから、リンリン、邪魔」 「り……だからぁっ、リンリンって言わないでくださいっ」  なぁ~んか笑える会話だなぁ~。  だけど、いまいちわからないセリフがある。  ──凛ちゃん?  ──先輩?  話がわからない。  目を白黒させていると、マスターとシゲが私に謎解きをする。 「凛は、木嶋と俺の高校の後輩なんだ」 「凛ちゃんは、会社の上司だよ」  あぁ、なるほど。  学生時代の先輩・後輩ね。  それに、会社が同じなら「いつもと違う」発言がわかる。で、上司……シゲより年下の上司……。頭の中で、検索を掛ける。20代の上司……で『りん』……。  え?……うそ……  って…… 「黒澤専務?」 「はい」  専務が返事をする。彼の手の中に、いつの間にかグラスが握られている。 「気付くの遅い」  文句を言ったのはシゲだ。 「…………っ 仕方ないでしょう?! 来るなんて思わなかったんだから!」  びっくりしたのと、むっときたのとで、思わず立ち上がる。 「ナツ座って。 どうどう」 「誰が立たせたのよっ!」 「誰?」 「自覚無いのかっ!おのれはっ」 「ナツ、あーん」 「?」 「あーん」  思わずシゲの言う通り口を開ける。ポイッと何かを投げ込まれた。 「……甘い。チョコ?」 「そう。だからね、座って?」 「う……うん」  小さく頷いて座る。  チョコの甘さに、なんだか毒気抜かれちゃったみたい。
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