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すると突然、尻尾が床に落ちた。橋爪の脳裏に最悪の事態が浮かぶ。
しかし老いぼれても刑事。冷静を失わずに蘇生を施すべくポチをひっくり返して心臓に手を当てた。
ところが不思議な事に心臓の鼓動が手に伝わってくる。
まさか、まさかか?
ポチの鼻先に耳を持っていく。
とても安らかな寝息だった。
このまま心臓を押し潰したくなる衝動にかられたが、橋爪は苦笑混じりの溜め息を吐き、敢えてそのままにして家の中に入り居間へと向かった。
「あ、源ちゃんお帰り~」
「澪、まだ起きてたのか。先に寝ていて良かったのに」
「えへへ、健気な新妻でしょ💕」
「はいはい」
冗談を軽くあしらう橋爪を、頬を膨らませて睨みつける澪。三十路を目前にした彼女ではあるが、そこには微かに幼女の面影がある。
それは決して悪い事では無いが、少し不憫に橋爪は思った。男を知らぬ故の幼さなのではないか、と。
こんな事を他人に言ったらセクハラだの戦前の人間かだの罵られるだろう事は重々承知している。
しかしそれでも橋爪は、そう思わずにいられない。
澪の人生を狂わせたのは、実は自分かもしれないという負い目があるのだ。
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