残景、暑中見舞

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天へ昇るコンクリートのビル群の間に、飛行機が一筋飛んでいる。“夏はまだ終わっていない。” オフィス街にある小さな公園から、若い二人はぼんやりと街の喧騒を見ていた。 今日も暑くなるだろう。 車椅子の少年が問う。 「ねえ、どうして皆オレを置いていくの?」 くわえ煙草の少女はベンチで新聞紙を広げて小さく呟いた。 「あんたがのろまなの」 新聞紙に目を落とす。日付を見ると数週間前の新聞らしい。 “山村の悲劇 虐殺事件犯人逮捕” “…日、近くの町からこの山村に知人を探してきた政府直営製薬会社に勤務する女性、Mさんは発見当時を鮮明に覚えていた。精神病院にいた見舞客、医師や看護婦、患者のべ三十人以上を殺害されたこの事件は日本列島を震撼させた。犯人は逮捕されたものの、警察の配慮より素性は一切明かされていない。また発見者や山村の人々には閉口令がしかれ今もこの恐ろしい事件は解明されていない。また山村に駐留した軍による厳重な警備が我々をこの事件の真相から拒んでいる……” 知らなくていいことも、この社会にはたくさんあるのよ。 せめてあんたたちは、まだ“乗っ取られて”いないことに感謝しなさい… 夏は、まだ始まったばかりだ。     <完>
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