第一章、月と闇の狭間で

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 ――血。血が顔に付着する。温かいような、冷たいような。  斬り殺されたはずの少年が、死んだように見える男を眺めていた。顔面から血を流し、男は瞳孔が開いたまま仰向けに倒れている。  血の源である額には、焼け焦げ、黒ずんだような痕があった。そして――。少年が手にしているモノからは、独特の煙が上がっていて。 「て、てめえ。殺りやがったな!」  殺った。ダレかの怒号で、ようやく少年は理解した。理解しながらに混乱した。  赤いのは血で、血に染まるのは自分の手で、手にしているのは拳銃で、拳銃までもが赤色で、血を撒き散らさせたのは自分で、倒れているのは死人で、殺したのは自分で。 殺したのは。 ――――自分で。 「あ、あ……」  声にならない声。目がいかれるほどに見開けば、もはや動かぬ死体が、だがこちらを見つめているようにも見える。周囲は闇。染み出してくるかのように暗い。  初めて人を殺した。この手で殺した。精神が摩耗する、枯れ果て、朽ちる。目の前が真っ暗で――また、彼は闇夜に迷い込んだ。  それは、罪の意識。だが少年は闇の中、またしても月のような灯りを見ていた。それは煙を上げている。それは煙を途切れさせた。それが、その口先が、ぬらりと光る。  本物の月に照らされた――銃口を少年が見つめると、本来銀色に鈍く輝くそれは赤く染まり、お前はもう罪人だと告げていた。 「あぁぁぁあぁぁあぁ!!」  絶叫が、虚空に響く。それは、円形に空いた木々から覗く月灯りを逆流するように。だがその叫びが月にまで届くことは決してない。見開かれた少年の目は、向かってくる男へと悲愴を差し向けた。  手にされたモノにはまだ、少年を迷宮へと誘う魔性が潜んでいる。引き金は軽かった。放たれたのは、男をガラクタへと変える死の魔法。  血が、穴が、噴出す箇所が、増える、増える、増える。銃弾の勢いでふらふらと、血を吐きながらよろめくも、その個体はなかなかに倒れない。その様は、あたかも糸で繋がれ、自由を拘束された操りニンギョウのよう。  ようやく倒れたその姿は、それはさながら、糸から解放された途端、得たはずの自由を失ったことに気付く、憐れなただのヒトガタ。  それはまた、この少年にも言えることで――。  彼は自身を救いながらに、自身から何かを奪われていた。
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