第一章、月と闇の狭間で

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「はぁ、はぁ、はぁ……」  少年は走り続けていた。どこまでもどこまでも続く闇の中、当ても無く、ただ救いだけを求めて走り続けていた。  闇夜。それは月のない夜。広く枝を伸ばした木々に遮られて、月の有無は判然としない。月明かりの望めぬ森はなおのこと暗かった。  木々の根が入り組んで走りづらく、雑然とした配置で並ぶ大岩の隙間からは、轟々と風が唸りをあげている。闇の奥から低く凄むような音は気味悪く、それに合わせて木々がざわざわと怯えていた。  その様子が、言い知れぬ恐怖が、もつれる足を懸命に前へと投げ出す少年の心を染めていく。     孤独――。  孤独が押し寄せて来る。心身を襲う疲労が少年の精神を弱くした。闇が押し入る、心に染み込む。生まれてこの方、幸せなんて感じたことがあっただろうか。  逃げ出してから、走り続けて数時間。もうずっと、たった独りでいるような気持ちになる。それでも――。とにかく、あそこから離れなければ、離れたい。その一心でひた走る。追いかけてくる「死」から逃れるために、少年はただただ走った。  汗に塗れた少年の顔には、幾筋もの涙が流れ、走る勢いでハラハラと後ろへ別れを告げていく。  月夜か闇夜か。たとえ空に月が煌々と浮かんでいたとして、それも見えなければ闇夜に同じだった。涙は何に照らされることなく根に染み込んでいった。  何度も木々に体をぶつけ、根に足を取られては転び、地に身体を打ちつけそれでも、よろよろと立ち上がり、少年は走ることを止めなかった。肘や膝、足の皮など幾らも裂け、血が流れているのさえわかる。  逃げて、逃げて、逃げて。  でも。その果てに――何がある?  考えたくなかった疑問が、ふいに少年の脳裏によぎってしまう。自分を愛してくれる人などいない。生きる目的も、その幸せの価値も、何もかもを失った。  孤独が、闇が、月の見えぬ夜が、また、じわりと色濃くなる。忍び寄る。そして、芽生えさせる――  いいや――と。  もしかするとそんな物、元々自分には与えられていなかったのかも知れない。どこまで逃げても、自分に待つのは幸せなき世界。孤独に満ち満ちたこの世界からは、自分は逃れられぬ運命だと、知っているのに。  嘆きが少年を襲う。恐怖に追われ、孤独に誘われ、少年は涙を流しながら、それでも、走り続けた。
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