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最後の希望の灯火を消したのが自分なら、その後始末をするのも自分。
その者の命の灯火にけりをつけてやるのも、自分の責任。
ジルは考えて、無理矢理にでも納得しようとしていた。
短刀を手にし、切っ先を、セレスの心臓へと向ける。
一方で、セレスも考えていた。
死ねば、姉に会えるのかどうかを。
(ごめん、姉さん。約束、守れなかった)
ゆっくりと目を閉じた彼の心に、死への恐れなど微塵もないように見える。
瞬間、セレスは何かが、自分の胸に刺さる感触を覚えた。
けれどそれ以上、奥に進む気配がなく、想像するに、切っ先が少し身に食い込んでいる程度のこと。
目を開ければ、誰かの肩越しに見える、白い、天井があった。
誰か。
ジルだった。
ジルは短刀を刺す勢いでセレスを押し倒し、そのまま、覆いかぶさっていた。
それなのに、短刀は本来の目的を遂行することなく、停止しているのだ。
セレスの頬には、ぽたぽたと、雫が落ちてきている。
「……お前は、俺がお前を愛することを、許してはくれないのか……?」
セレスは無表情だった。
「お前は誰も……もう信じなくていい、それで構わない! 俺が赦されるなんて思わねえよ、ただ、お前は……」
セレスは無表情。
それが、崩れていた。
「……生きろ!」
積年の憎しみか、恋い焦がれ、求めた温もりか。
万感の想いの果てに、セレスはその日初めての、涙を流していた。
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