第一章、月と闇の狭間で

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『禁忌の子は、高く売れる』  舌なめずりする男たちの顔にそう書いてある。そう、故に人でなく、金づるだった。女ならば、さらに少女ならば、時に性が売られる。人ならば、その臓器が何処かしらへと流れていくだろう。彼らはそこで、人の生き方を奪われる。  だがソレは――黒髪だけは、人買い個人に売られるのでもなかった。もっと大きな存在――――国だ。大陸北東に位置するマグナディア帝国が、この黒髪の存在に懸賞金をかけていた。  原因不明の黒い髪。その者の名を【禁忌の子】。  不吉の象徴とされた、その漆黒の髪を持つ者は……ただそれだけで裁かれる。その名の通り、人に忌み嫌われる存在として。それを国が公に処分することなど、国民にとっては何と言うことのない話だったのだ。  それは人買いでなく、国策だと言うものも多い。  国が、人買い。普通であれば、歴史的にも耳を疑うような話だった。だがこの国でいう禁忌の子は、すなわち人ではない。ならば――人買いではない。それがこの国の、揺るがざる常識だった。 「さあ、坊ちゃん、俺らと一緒に行こうぜ?」  人買い、国策。この男たちにとって言えば、金にさえなればどうでもいいことだ。人は禁忌の子を忌み嫌う。だが彼らは違った――この少年が、金になるうちは、だが。  ジリジリと近寄ってくる男は、次第にその体格差でもって圧迫感を増していく。だが、少年にしてみれば不思議な感覚があった。先ほどまでの恐怖が嘘のように、体に震えはなかったのだから。  漠然とした恐怖は別にしても。少年は、理不尽な虐げには慣れていた。体の至るところに残る痣が、それをまざまざと物語っている。言えば、死すら身近に感じたことさえあるのだから。  ――その経験が、目前の暴力をきっかけにして我が身から震えを消したのだ。これを皮肉と言う以外に、なんと言えただろうか。  だから、芽生えた。そんな――。  そんな、人に忌避される存在である自分が、自分の深く憎むべき人に抵抗する。もしこれが自分の最期になるならば、なんとも、なんとも小気味良いではないか――。  ふらりと立ち上がった少年の口元には、うっすらと引きつった笑みさえ浮かべられていた。にじり寄っていた闇は、引いたわけではない。  今も彼の目の前に、左右に、そして背後に、ずっと広がっている。
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