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銃を前へと突き出していた腕。少年はそれを折って、自分の胸へと近づけた。自然、手首の辺りが心臓に当たる。
確かにこれは動いてしまっていて、自分は生きているのだと実感してしまう。
夢なんかではない。夢などでありえてくれるはずもない。
少年は、罪人だと自らに告げたその口を、自身のこめかみに押し付けた。少年の頬には、止め処なく溢れる涙が伝っていた。引き金に、力を込めて。
けれど力は、自分を抜け殻に出来るほどには込められないでいる。今ならば、月が――。自分を、見ていてくれるような気がしたのに。
『どうした、やらないのか』
誰かに話しかけられているような錯覚が、そんな幻想をこそ打ち砕く。震える我が身を、震えるその手を、嘲笑うかのような声だった。
『恐いのかい、他人は殺せるのに』
『人殺し』
『お前は人殺しだよ』
共に恐れてくれていたようだった木々も、今ではただ少年を逃がさんとして覆い被さっている。
『お前は――』
「うるさいっ!」
少年は誰も居ない闇に向かい吠えた。呼吸は乱れ、相変わらずに涙は止まらない。――自分は人を殺した。それはもう、紛うことなき事実なのだ。
見上げる。月は答えない。月はただ、彼を見るばかり。
境遇、過去。変えられないものがまた一つ。その重圧に、少年は自然と頭を地に付け、呻く。月はただ、彼を――――。
「助けてよ……姉さん……」
何時の間にか、泣き疲れて眠りに落ちた少年は、唯一自分が愛し、唯一自分を愛してくれた姉を呼ぶ。
深い眠りの中、夢で優しく微笑みを向けてくれる少女は、既に夢の中だけにしかいない、儚い存在だった。
一時の休息。禁忌の名を刻まれた少年は、夢でだけ、ただ夢の中だけでなら、幸せでいることが出来た。
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