‐プロローグ‐

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‐プロローグ‐

 遥か古より、その男の名は世界中に知れ渡っていた。魔導師ブルーヴェック、全知全能にして神とまで崇められるほどの強力な魔導師。  その魔導師も人間、いつかは寿命が尽きるもの。しかし、ブルーヴェックの存在は消えない。永き年月に渡り、確かにブルーヴェックは生きているのだ。  ブルーヴェックは転生を繰り返す。それが不死の正体。寿命が尽きそうになると、自らの魂を別の肉体に宿すのだ。  今、その転生の秘術が行われようとしていた。とある国のとある場所、おそらく地図にものっていない深い山の奥にある洞窟で、儀式が行われていた。  光も届かない洞窟の中は、ロウソクの火が照らすのみ。かなり広い奥の空洞には、たくさんの人がいた。  いや、正確には人ではない。緑色の固い鱗に覆われ、黄色い瞳がギョロッと対象を睨むリザードマン族だ。  そのリザードマンたちは空洞の中心にある祭壇を囲っていた。祭壇の中心には大きな魔法陣があり、その中心に青いローブを着たシワだらけの老人がいた。  老人は目を閉じてブツブツと呪文のようなものを唱えている。その声はしわがれて弱々しいものだったが、その場にいるリザードマンたちを凍てつかせるほどの強力な言霊だった。  やがて老人は詠唱を止め、顔を上げた。視線の先には白い髭に白いトサカ、豪華に着飾った老齢のリザードマンがいた。身なりからおそらく酋長だろう。 「もう……逝かれるのですか」  酋長が静かに尋ねると、老人は頷いた。 「ああ、お前たちにも世話になった。また次の世代で会おう」  酋長は深々と頭を下げて、祭壇から後ずさった。老人は再び目を閉じ、小さく呟いた。 「お前も、今までありがとう。お前の人生を奪ってしまい、申し訳ない」  老人の周りには誰もいない。しかし、返事は返ってきた。老人の内側から、心に響いてきた。 『とんでもありません。今までお役に立てて光栄でした。ご武運をお祈りいたします』  どこからともなく聞こえてくる声に、老人は笑った。 「それでは皆の衆、また会おう!」  老人が雄叫びにも聞こえる大声を張り上げると、薄暗かったはずの洞窟は真っ白な光に包まれた。  やがてそれは魔法陣の中心に収束し、そして老人ごと……消えた。 「ご武運を……」  酋長が静かに祈りを捧げた。  ほぼこれと同じ時に、この場所から遥か遠くの国で、小さな産声が世界に響いた。
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