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――夜風が身に染みる。
やはり厚着をしてくれば良かったと後悔しながら、俺はベンチに腰かけたまま夜空を見上げていた。
「……瀬良か」
「うん」
気づくと、いつの間にか瀬良が戻ってきていた。
彼女はほんの少し立ったまま悩む素振りを見せた後、結局ちょこんと俺の隣に腰をおろした。
「美袋は?」
「送ってきたよ。相当ショックだったらしく、一言も口を開かなかったがな」
下手したら軽い、いや、かなりのトラウマになるかもしれない。
外傷こそ無かったが、全く被害がないわけではないのだ。
「……それで」
沈黙は恐ろしい。
聞くべきか聞かぬべきか、彼女が来るまでずっと悩んでいたのだが、結局話すネタを失ってしまった俺は、その話を切り出すことに決めた。
「お前は、俺が……好き、だと」
「……うん」
信じがたい話だ。
事実、俺はまだ信じることが出来ていない。
彼女はついさっき、目の前で俺の衝動を目の当たりにしたはずだ。
加えて、幼い頃にも既に一度体験しているのだ。
なのになぜ、夏紀ですら恐れたと言うのになぜ、彼女は俺を好きだと言えるのだろう。
「そう言えば」
「ん?」
「志紀くん、私のことを瀬良と呼んでいるな」
「ああ……」
「まさか、思い出したのか?」
「流石に、な」
俺がそう答えてやると、彼女は微かに表情を明るくした。
しかし、記憶が戻ったからと言って、俺の答えが変わる訳じゃない。
「瀬良」
「うん」
「もう俺に、構うな」
俺は出来うる限り声を低くして、そう言った。
「俺は、きっと、無理だ」
かつて望んだものは遠く、遠く、俺には届かない。
月が太陽の光のもとで存在できないように、俺は人と人との間では存在できない。
「構いません」
「……は?」
構わない、と瀬良は言った。
構わない、とは……何だ?
「それでも私は、あなたが好きです」
「……」
「あなたしか、いないんです。だから、私は何をされても、構いません」
「お前、は……」
狂ってる。
俺だけじゃない。
狂ってるのは、彼女もだ。
こんな、こんなのは、普通の考えじゃない。
「あ……」
そうして、俺は気づいた。
「はは……」
気づいて、しまった。
月、ルナティック、それは狂気の象徴。
月は――、この公園に堕ちていた。
約束は、果たされていたのだ。
「月は――」
狂気は――
「二人の、モノに」
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