第九幕:果たされた約束

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――夜風が身に染みる。 やはり厚着をしてくれば良かったと後悔しながら、俺はベンチに腰かけたまま夜空を見上げていた。 「……瀬良か」 「うん」 気づくと、いつの間にか瀬良が戻ってきていた。 彼女はほんの少し立ったまま悩む素振りを見せた後、結局ちょこんと俺の隣に腰をおろした。 「美袋は?」 「送ってきたよ。相当ショックだったらしく、一言も口を開かなかったがな」 下手したら軽い、いや、かなりのトラウマになるかもしれない。 外傷こそ無かったが、全く被害がないわけではないのだ。 「……それで」 沈黙は恐ろしい。 聞くべきか聞かぬべきか、彼女が来るまでずっと悩んでいたのだが、結局話すネタを失ってしまった俺は、その話を切り出すことに決めた。 「お前は、俺が……好き、だと」 「……うん」 信じがたい話だ。 事実、俺はまだ信じることが出来ていない。 彼女はついさっき、目の前で俺の衝動を目の当たりにしたはずだ。 加えて、幼い頃にも既に一度体験しているのだ。 なのになぜ、夏紀ですら恐れたと言うのになぜ、彼女は俺を好きだと言えるのだろう。 「そう言えば」 「ん?」 「志紀くん、私のことを瀬良と呼んでいるな」 「ああ……」 「まさか、思い出したのか?」 「流石に、な」 俺がそう答えてやると、彼女は微かに表情を明るくした。 しかし、記憶が戻ったからと言って、俺の答えが変わる訳じゃない。 「瀬良」 「うん」 「もう俺に、構うな」 俺は出来うる限り声を低くして、そう言った。 「俺は、きっと、無理だ」 かつて望んだものは遠く、遠く、俺には届かない。 月が太陽の光のもとで存在できないように、俺は人と人との間では存在できない。 「構いません」 「……は?」 構わない、と瀬良は言った。 構わない、とは……何だ? 「それでも私は、あなたが好きです」 「……」 「あなたしか、いないんです。だから、私は何をされても、構いません」 「お前、は……」 狂ってる。 俺だけじゃない。 狂ってるのは、彼女もだ。 こんな、こんなのは、普通の考えじゃない。 「あ……」 そうして、俺は気づいた。 「はは……」 気づいて、しまった。 月、ルナティック、それは狂気の象徴。 月は――、この公園に堕ちていた。 約束は、果たされていたのだ。 「月は――」 狂気は―― 「二人の、モノに」
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