246人が本棚に入れています
本棚に追加
何を言われたのか、ちゃんと分かったはずなのに、俺の身体は鉛のようにその場を動かない。
「…さよなら」
自分を囲い込む俺の腕をくぐり抜け、彼女は自由の身となった。
少し上擦った声は、心を真っ白にさせる消しゴム。
「……――あぁ…」
耳に届いた別れの言葉に、俺はただ肯定するだけの返事しか出てこなかった。
彼女は一瞬振り返り、切なそうな顔を見せて走り去る。
靴が廊下を弾く音は、段々と小さくなって消えた。
「…はっ」
笑いが込み上げてきた。
「何度目だよ…俺」
足の力が抜け、しゃがみ込む。拭えない嫉妬心。
静寂に包まれた廊下で
一人。
この光景は前にも何度か目にした。
同じ事を繰り返す、学習能力のない自分に嫌気がさす。
「……ただいま」
いつの間にか家路についた俺は、覇気のない声で玄関のドアを押した。
最初のコメントを投稿しよう!