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「……ん、」
翌朝――。
自分が誰かに呼ばれたような気配を感じ、娘は目蓋を押し上げる。
「あ……目が覚めました?」
一番に視界に入ってきたのは、和室の天井。
少し視線をずらすと、枕元で書物を読んでいた青年が気付き、優しく微笑みかけてきた。
「………?」
――彼が、自分を呼んでいたのだろうか……?
「驚きましたよ。
屯所の近くで女の人が倒れていたものですから」
「倒れて、いた……?」
彼女は大きく目を見開き、何度も瞬く。
――自らの記憶を辿ろうとしても、何一つ思い出せない。
――たった一日前の出来事ですら、何も。
「はい。随分と深手を負っていて……勝手に手当てさせて頂きました」
「……あの、貴方が助けて下さったんですか?」
「ああ……私は見つけただけで、運んできたのは別の方です」
「そうですか……。あの……本当にありがとうございます」
彼女は上体を起こすと、痛みに顔を歪めながら頭を深々と下げる。
「ああ、今起きては傷口が開いてしまいます。
其れに、私は大した事はしていませんし……」
そう言って、男は照れ臭そうに頬を掻いた。
「でも、貴方が見つけて下さらなかったら、きっと私は死んでいたのでしょうから……」
「処置が早かったから良かったようですが……昨日は雪も降っていましたし、私達が通り掛かったのは幸いでしたね。
お礼なら、私よりも貴女を運んで来た当人に言ってやって下さい」
「其の方はどちらに?」
彼女が軽く首を傾ければ、男は笑顔のまま膝を立てる。
「今呼んできますね」
「ま、待って下さい……!」
だが、咄嗟に彼女は男の袖を掴んで止めた。
「……どうしました?」
――少し、怖い。
「あ……ごめんなさい……」
彼女はすぐに手を引こうとしたが、其の手は透かさず捕らえられる。
「すみません。心細い筈なのに、無神経でしたね……。
もう何処にも行きません。安心して下さい」
そして、彼は煙たがる素振りも見せず、凍ったように冷えていた彼女の手を優しく包んだ。
其の温もりは妙に心地好く、騒ついていた彼女の心を少なからず落ち着かせる。
「あの……」
「はい?」
「私……何か言っていませんでしたか?」
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