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  「……と、云うと?」  青年は、不思議そうに彼女の顔を覗き込む。 「思い出せないんです。  自分の名前も、昨日何があったのかも……何一つ……」  ――だが、先程は何故か自分の名を呼ばれた気がした。  一体、何故……?  至極当然の反応だが、青年は困惑しているようだ。 「何一つ……覚えていないんですか?」 「はい、自分の事は何も……。ごめんなさい……」  端整な顔を歪めて謝る彼女に、青年も眉を下げて見せる。 「いえ、謝らないで下さい……。  少し驚きましたが……でも、全てを忘れたくなる程に悲しい事が有ったのかもしれませんし、もしもそうなら、今は余計に心細いでしょう?」  彼は娘の掌を優しく包んだまま、手に力を入れた。  男としてどうなのかは娘には解らないが、その手は、少なくとも女の自分よりは大きい。  そして、人の心を落ち着けるに適当な温もりを受け取った彼女は、無意識の内に言葉を漏らしていた。 「……剣だこ」 「ッ!?」  彼は、彼女の口から唐突に滑り出た言葉に双眸を見開き、身体を強張らせる。  平凡に生きている女性ならば、たこはたこでも"剣だこ"だとすぐに見破れる事はあまり無いだろう。  今は記憶を失っているとはいえ――否、だからこそ、彼女は只者ではないような気がしたのだ。 「あ、あの……嫌ではないんです。寧ろ、とても安心したくらいで……」  僅かな空気の異変を察してか、娘はたどたどしくも弁解するのだが、頬を染めてのそれは可愛らしく、青年の顔にも笑みが戻る。 「いえ、気にしないで下さい。女の人なら、こんな武骨な手は嫌なのが普通ですよ」  だが、笑ってそう言ってやると、娘は首を左右に振った。 「それは、貴方の努力の証でしょう? 手は人の生き様を映すと言いますし、私はそんな手を嫌だとは思いません」  彼女はずっと握っていた両手を解くと、白く柔らかな掌で、改めて青年の手を包み込む。  氷のように冷えていた娘の指先は、やがて青年のそれ以上の熱を帯び始めていた。    
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