動く刻

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痛い。 背中を主に全身を席巻する痛みで、急激に意識が浮上した。 「あっ、起きた」 耳元で声がし緩慢に顔を向けると、子供が部屋を走り出るのが見える。 「サユねーちゃん、起きたよー!」 ラクエルは痛みを宥めつつ、古い寝台の上でゆっくりと半身を起こした。 標準的な民家の一室と言えるだろう。寝台の他に木製の机や棚が並ぶが、圧迫感を与えない程度に離れている。小さい窓は開け放たれて、真っ白なカーテンが風に揺れた。 外の空気が気持ちいい。 「あら」 子供が飛び出していった木の扉から、新たな顔が覗く。女。 「もう起きれる?くれぐれも無理はしないでね」 見た目の歳はラクエルと同じぐらいか。長い髪は緑を帯びた黒。 「私はサユ。この子はユウト」 彼女は先程の子供を引き連れて寝台の側に立った。 「ラクエル」 「宜しくね。怪我は大したことないみたいなんだけど…崖から落ちたってユウトが言うの。本当?」 「ああ…運が良かったみたいだな」 運ではなく彼が神だったから無事なのだが、そんなことを言えるわけもない。ラクエルは安堵を混ぜて微笑んだ。 「それに、世話になったようだし。ありがとう」 「どういたしまして」 サユも柔らかな笑みを返す。 「ラクエルは、旅人さん?」 「ああ」 頷くと、ユウトが手を伸ばして髪を掴んだ。 「遠いところから来たから色無いの?」 彼自身の髪は茶色だ。薄い色の髪に慣れていないのだろうか。 「薄いけど青いだろう?色が無い訳じゃない」 「ほんとだー」 ぐいぐい。子供は遠慮を知らない。そこが子供の可愛いところでもあるのだが。 「…ユウト、痛い」 耐え兼ねて訴えると、彼はパッと手を離した。 「あ、ごめん、…えーっと、えーっと、おじちゃん!」 そうか。子供は礼儀も知らない。 明らかな冷気を発して固まったラクエルを見、サユは慌ててユウトを叱り付けた。
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