【第101話】失意の檻

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 建物の中は薄暗く、ツンとしたかび臭さが嗅覚を刺激する。  湿気を帯びた生暖かい風が外側から流れてくる。部屋にはトイレと簡易テーブル、粗末なベッドしかない。  その埃かぶったベッドの上には頭を抱えながら座っている一人の青年の姿があった。  青年は人形のように微動だにせず、表情は全く生気がある者とは思えない程固く閉ざされている。 鉄格子の隙間に無造作に置かれた手付かずのままの食事には蝿がたかり、所々干からびている。 それが食事が置かれてからかなりの時間が経過したことを示している。  罪人の脱走を憚(はばか)る鉄格子の檻など必要ない程、疲弊し、憔悴(しょうすい)しきったその姿には、以前に青年が見せていた面影などまるでなかった。  「……かれこれもう3日か」  青年が投獄されている鉄格子からやや離れた場所に監視用の窓がある。 そこから青年の姿を覗き見る者がいた。  真珠のように光り輝く、艶のある黒の短髪。 歳は10代後半といったところだろう。  だが、眉間に寄せられたしわ、吊り上がった眉、ぴんと伸ばされた背筋などの仕草がその者を歳よりもぐっと大人びて見せている。  胸に宿す光は王族のみ持つことが許されたエムブレム――『火蜥蜴(ひとかげ)』。  服装は、何の変哲もない紫のハイネックジャケット。下には騎士用の白いタイトパンツを穿く。  見ただけで王族としては勿論のこと、女性として見てもおおよそ不相応な出で立ちであった。  少女の名前はマスキュリン。  この国の第一王女である。  マスキュリンは監視窓から目を離すと、もう全く興味がないというように踵を返した。  牢の入り口へと足を進めると、 「マスキュリン様」 後ろから見知った者に呼び止められた。 それは先程からずっと主人であるマスキュリンの隣に付き従っていた騎士の声である。
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