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大阪から新幹線で博多に向かい、ローカルに乗り換えて佐賀まできた。
ここは昔、一度だけ両親に連れられて『親戚』と称する家に遊びに行った事がある。
記憶は曖昧だが、驚くほど景色は当時と変わっていない。
山沿いの道を抜けると、竹藪の中に赤い屋根が見える。
恐らく僕の事なんて覚えていないだろう。
呼び鈴を押すと、白髪の老婆が出てきた。
「どちら様ですか」
「正次郎息子です。昔、来た事のある……」
「そうかそうか。ま、おあがり」
僕は老婆に促され、少し散らかった炬燵のある居間へと通された。
「源次郎さんは元気にしとるか」
「源じい……祖父は死にました。父も数年前に他界してます」
「親より早く逝くか、バカ息子め……」
「いえ、父の方が祖父より後です」
「そうやなか。わしより先に逝きおって、と言うとん」
「それじゃやはり……」
「お前は表札も確かめずにやってきたのか」
「すみません。今、逃げている身なもので」
「何かやらかしたのか」
「違います。佐野幸太郎から逃げているんです」
「本家のぼん、か……なるほどの。安心せい。連中もここはよう知らん」
「少し厄介になっても構いませんか?」
「孫の事を見す見す見殺しにはせんよ」
「それと……」
「恐らく色々聞きたいんじゃろうが、わしはよう知らん。正次郎とも産んですぐに本家に持って行かれたきり、会わせてもらえんかったからな」
「そうですか……」
ここに必要な情報は何ひとつない。
だがそれは逆に連中からも目が届かない場所だと云う事だ。
僕はそれから半年近く、この家で祖母と一緒の時を過ごした。
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