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チカチカと点滅を繰り返す薄暗い街路灯に照らされた細い路地を抜けると、一際明るい赤提灯に狭い門構えの居酒屋がある。
「べらんぼうめが、いいじゃねぇか俺が酒楽しんで何が悪い」
僕は毎日、源じいをこうやって迎えに来る。いつもタイミングが悪いのか、ちょうど酔っ払って隣に座っている客の肩に手を回し、その人の嫌そうな顔などお構い無しに、呂律の回らなくなった舌で昔話を語って聞かせている時しか見た事がなかった。
この源じいとは何者なのかを知ったのは、僕が小学校も中ばまで差し掛かった頃の事で、それまでは父からも母からも、その正体を聞かされてはいなかったのだ。
「将太、お前もそんなところにつっ立ってないで、こっちに来て飲め」
小学校に入ったばかりの僕にこんなセリフなど普通は吐かないだろう。僕はひたすら下を向いてその場をやり過ごすしかなかった。
酒を浴びるほど飲んで気持ち良くなった源じいの手を引いて薄暗い街路灯の下を歩いて帰る。これは源じいが亡くなるまでの僕の日課だった。あれだけ居酒屋では大きくなっていた源じいも、僕に手を引かれて歩いている時はおとなしい。まるで大人と子供が逆転したかのようで、この時の何だかちょっとだけ誇らしく思えた不思議な気持ちを今でもはっきりと憶えている。
毎日毎日。
この人はどうしてこんな生活をしているのだろう。
子供ながらに疑問を抱きつつ、僕は当時、周囲の大人の誰にもその答えを聞く事は出来なかった。
唯一、母に一度だけ『なぜ迎えに行かなければならないのか』と聞いた事があったが、その答えすら『忙しいから後で』と有耶無耶に流されてしまった。
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