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俄かには信じ難い話だが、これが真実だとすると、源じいは佐野建設の元社長と云う事になる。
酔っ払って孫の後をとぼとぼと歩く姿しか僕の記憶にはない。
もしそれが本当なら、あんなに苦しい生活などなかったはずだ。
父は日雇い労働者で、その苦しい家計を母が内職をしながら助けていた。
貧しいながらも毎日それなりに生活してこられたのも、本来明るい性格の母がいたからなのだ。
封筒を開けると、中から紙切れが一枚出てきた。
源じいの署名で始まるその書面には、父の名前も連名で記されている。
――右の者、本日付で代表取締役社長を命ずる――
今度は父が社長か……
源じいが現役を退き、次期社長として父を指名した。これは辞令だ。
毎日くたくたになるまで働いて、夕方戻ってからは死んだように眠る父の姿。
それを起こさないように気遣って、僕を近付かせまいとして膝に抱く。
そんな日常からは、この書面が現実のものとは到底想像も付かない。
紙切れを封筒から取り出した時、ひらひらと名刺が一枚落ちてきた。
藤堂法律事務所
藤堂健一
これは唯一、父の葬儀に出席してくれた友人の名だ。
この人がどんな肩書で何をしている人かなど、今の今まで知らなかった。
この人なら僕の知らない真実を知っているかも知れない……
僕はアポイントメントを取って、彼の事務所へと向かった。
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