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その親子はチベットを目指していた。60代の息子と、百歳を間近に見た母親。リヤカーの後部座席に母を乗せて、長い親孝行の旅路の途上だった。 たくさんの場所を巡り、たくさんの思い出を作った。食べ物は自給自足。野宿の際には、寒くないようにとリヤカーの中を母に譲り、息子は外で毛布にくるまり寝た。厳しくも、楽しい旅だった。 中国で地の果てと呼ばれる最南端の島までで来た。あとは、チベットまで行くだけだった。 しかし、チベットを目指す道中、母の様態が目に見えて弱っていた。息子は、このままでは、母はあと一年も持たないと思った。最近では、しきりに故郷の話をする。 母は故郷に帰りたがっているのではないか?しかし、自分でチベットに行こうと言った手前、その事を話せないのではないか? 息子は悩んだ。このままチベットを目指すか、故郷に帰るか…。 悩んだ末に、息子は帰郷という選択肢を選んだ。しかし、その事を母には伝えなかった。気づかれないように、そして何より、母を少しでも楽しませようと、来るときとは違うルートを通った。
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