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退院の日、息子は驚いた。医療費を一切請求されなかったのだ。 「あの、医療費は…」 「うちの病院は、70歳以上の方は医療費が無料なのですよ。決まりですので、貰うわけにはいきません。」そういいながら、張り紙を指差す。そこには『70歳以上の方 医療費無料』と書いてあった。 しかし息子は知っている。先日まで、その張り紙がどこにも張って無かったことを。 「私は、私の出来ることをするまでです。 私はね、若い頃に母親を亡くして、親孝行できなかったのです。それが悔しくて…あなたには、是非やり遂げて欲しい。」 医者の心に打たれて、息子は目頭が熱くなった。 帰りの道のりもあと半分となった頃、母の体は更に弱っていた。握った手は、旅に出たときより小さくなっていた。 残された時間は、あとわずかしかなかった。 そんな矢先、親子の取材をしていた記者が、ある提案を持ち掛けた。 「え…ここから飛行機で?」 「ええ。もうお母様の体力も限界でしょう。私も北に仕事の都合でいくので、旅はここで終わりにして、故郷へ帰りましょう。」 確かに、もうリヤカーで帰るには、時間が足りない。息子は決断した。
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