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「母さん。旅は、ここで終わりにしましょう。」
「お前がそう言うのなら、私はかまわないよ。」
こうして、リヤカーによる、行程距離20000キロにもなる長い旅は、幕を閉じた。
故郷に帰って、しばらくは母も元気だったが、次第に弱ってきた。すぐに、近くの町の病院に入院した。
「チベットはまだかい…?」
母はよくうわ言でそう繰り返していた。そして、入院してから数ヵ月後のある日…
「お前と旅ができて…本当によかった。
人生で、一番楽しかったよ。」
その言葉を最期に、母は、息を引き取った。
母が死んでから、息子は、食べ物も喉を通らず、ずっと飲んだくれていた。そんな時…
「もう、酒はやめなさい」懐かしい声が聞こえた。顔を上げると、そこには母がいた。
「お腹が空いたよ。うどんをつくっておくれ。」
言われるがままに、二人分のうどんを作り、母と二人で食べた。なんだか、不思議な気がしていた。
目を覚ますと、母はいなかった。どこからが夢で、どこからが幻かわからなかった。ただ、自分のうどんの器は、しっかりと空になっていた。食べ物が喉を通ったのだ。
(死んでもなお、母は自分を支えてくれている…)
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