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少しでも動けば唇が振れてしまう位置にまで沫は顔を近付け、じっとアキトを見据える。
ここまで顔を近付けられたことのないアキトは真っ赤になって、かたかたと身体が少し震えてしまっていた。
「大人なら、キスぐらいはしてるだろ?」
「やっ……やめ、て」
更に近付きかけた沫に、アキトはぎゅっと目を閉じる。
「はい、そこまで~」
気の抜けるような声がしたと思ったら、沫の拘束が不意に解け、思わずアキトはぺたんと腰を落としてしまった。
沫が向いている方向、左側にいつからいたのか、茶色の短いぼさぼさ髪に眼鏡をかけた青年が立っていた。
「何の用だ?真治」
「沫にはないよ~、あるのはそっち」
のらりくらりと歩み寄り、真治はアキトの腕を掴んで起き上がらせる。
「校長先生が呼んでるよ。たぶん部屋についてだから、早く行きな」
「あっ……ありがとう、ございます」
遠慮がちにお礼を言って、小走りでアキトは去っていく。
ふと横を見た時に見えた、沫の熱いまなざしには気付かずに。
「まったく、びっくりしたよ。コウちゃん」
「その呼び方はやめろ」
容赦なしの裏拳を放つも、もう慣れたと言わんばかりに真治は首を軽く傾けて避ける。
「あんなに他人を嫌ってたのに、どんな心境の変化?」
「知るかよ」
素知らぬふうに言うも、真治にはあまりごまかし切れていない。
「まあ分かるかもね~。あの子可愛かったし、でも俺は沫の方が好きかな~」
「気色悪い事をぬかすな」
今度は足にローキックを放つも、これもまた避けられる。
「捕まえるつもりなら、早くした方がいいかもよ?あの子、他の奴から早くも目をつけられてるかもしれないから」
「…………」
おそらく冗談だろうが、情報をよく知る真治が言うと間違いで無いようにも聞こえる。
だが沫は……。
「そのときは、あいつを俺が守ってやるんだよ。そいつらが全員消えるまでな」
それだけ言い残して、沫は自分の部屋に入っていく。
「別にいいけど、自分も狙われてるんだって事を忘れちゃいけないよ?沫」
不敵な笑みを浮かべながらそう言い残し、真治もその隣りの自分の部屋に入っていった。
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