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あれから2時間が経った。
相変わらず2人は一言も会話を交わす事なく、ただひたすら街道を繁華街に向けて走り続けていた。
土曜午後の街の喧騒も、溢れ返った恋人達も、華やいだ年末のイルミネーションでさえも今はただ全てが灰色のオブジェとして視界から流れて行った。
後ろでしがみ付いてる晴子はいったい何を考えているのだろう……
運転しながらも寛はずっと、そればかりが気になっていた。
そしてついに気持ちが堪えられなって、晴子に向かって『なぁ、なぁ』と何度も問い掛けていたのだ。
それが今さっきの事。
寛は晴子の答えに覚悟を決めた。
「ねぇ、ねぇってばー」
1年前のあの日と同じ笑顔で問い掛ける晴子の態度が、今は逆に寛の心に突き刺さる。
何て切り出せばいいんだろう……
頭が余計真っ白になって応えるべき言葉も態度も思い付かない。それでも何かを言おうとして、寛はツバを飲み込み、意を決して顔を上げた。
~♪♪♪♪~
不意に街頭から流れ始めたこの曲に懐かしさを覚え、晴子はその場で立ち上がると顔を上げた。
寛も遅れて立ち上がる。
この曲は2人が付き合い出して初めて寄ったレストランで流れていた曲だ。
「なんか懐かしいねー」
晴子が目をつぶったまま口を開く。
「ああ、そうだな」
寛も釣らる様に答えた。
2人が視線を落とすと、街頭のイルミネーションは去年と同じで、取り囲む様にキラキラと輝いている。
「いいよ、昨日の事」
晴子はそう言いながら再び眼を閉じて、曲に聞き入っている。
寛は1年以上付き合ってきて初めて晴子の気持ちに触れられた気がした。
「そ・の・代・わ・り」
晴子は寛の方を向くと、いたずらっ子の様な目をして中指をピンと立てた。
「今晩はあたし、ビールいっぱい飲んじゃうけど記念日だから仕方ないよね。でー帰りにちゃ~んと送り届けてくれたら許してあげる!」
そう言うと、晴子は寛に背を向け、顔を上げる。
暫らして曲が終わり、晴子は首を傾けながら再びにこやかに振り向いた。
「そうそう、寛は運転手だから飲んじゃダ・メ・よ」
晴子はヘルメットを被ってバイクの後部座席に座り込みバンバンと運転席を叩いている。
慌てて寛もヘルメットを被り、バイクに跨がった。
「ありがとう」
温かい気持ちは風となって夜空へと流れて行った。
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