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夜の高速を三台の高級リムジンが疾走して行く。
本来ならそれなりの交通量のある時間帯ではあるが『緊急工事』の名目で事実上封鎖した高速を走っている車は他にない。
前後のリムジンより、一回り大きなリムジンの後部シートに、一人の男が座っていた。
『安田一太郎』
(やすだ・いちたろう)
与党・民自党に属する議員である。
歯に絹着せぬ発言と、果敢な行動力を持った若き政治家として、近年幅広い層から注目と支持を集めている政界の注目株である。
普段はいかついが、一度笑うと、なんとも愛嬌があると評される笑顔を浮かべる事もなく、時折窓の外を眺めつつ、タバコをくゆらしている。
不意に手にしていたタバコを、灰皿に押し付け揉み消す。
まだ半分以上残っている状態だ。
「あとどの位だ?」
感情を押し殺した声で、
前列に座る連中に安田が問い掛ける。
「この調子ですと、後十分程度かと」
前列左側。
助手席の男が応える。
確か『鈴木』と名乗った男だ。
周囲の接し方から、どうやらリーダー格の人物らしい。
時折、周囲の連中が『鈴木』に呼び掛ける時に使う『ルテナン』の単語の意味はわからないが、おそらく階級かなにかだろうと見当を付けている。
物腰は丁寧だが愛想のかけらもない無機質な声。
黒髪の、いかにも東洋人然とした容貌だが、何人かははっきりしない。
『ツラの皮を剥がしたら下から機械が出てくるんじゃないか?』
安田は、自身の子供じみた発想に思わず顔をしかめた。
新たなタバコに火を着ける。
こんなにタバコを吸うのは久しぶりだった。
普段は『有権者受け』を狙って『禁煙』した事にしている。
大分慣れたつもりではいたが、いらついた時にはやはり頼ってしまう。
そう。
彼はイラついていた。
原因は、五日前に届けられた一通の手紙。
『暗殺予告状』
以前なら一笑の下に破り捨てていた。
政治の世界で、本気で名を成そうと思えば、こんな物が届くのは、日常茶飯事だ。
しかし、今回はそうはいかない。
ちょうど一ヶ月前。
全く同じ物を受け取った人物を、安田は知っていた。
「またくだらない物が届いた」
そう言って『予告状』を見せられた時は、全くその通りだと思った。
だが、予告日の翌朝には『あの方』は、既に『この世』には居なかった。
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