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「直江さん!」
若い女性の声が室内に響いた。
怒り半分、呆れ半分といった感じだ。
声の主は、
『木村さくら』
(きむら・さくら)
ショートカットに黒目がちの瞳が特徴的な、なかなかの『美少女』だ。
「なんですかぁ?木村さん?」
それに応じて、なんとも覇気の無い男の声が返ってきた。
その声の主は、
『直江光博』
(なおえ・みつひろ)
直江は、さくらに背を向けたまま、軽く右手を上げた。
「今、忙しいんですよ。出来れば後にして欲しいんですがぁ、、」
その後ろ姿と言い回しは台詞の内容ほど、緊張感が感じられない。
「な・お・えさん!」
さくらは、後ろから近付くなり直江のワイシャツの襟に、指先を引っかけると一気に引っ張った。
「いたたっ!なぁにするんですかぁ木村さん!!私が何をしたってゆーんですか!?」
「何もしてない事が、問題なんです!」
「理不尽ですねぇ」
長めの前髪をかきあげながら直江は、さくらの方に振り返った。
フチ無しの眼鏡の下の眼が、なんとも眠た気だ。
『倦怠感』
とか、
『無気力』
というタイトルの絵があれば、きっとこんな感じだろう。
「木村さんは、かわいいんですから、言動にもう少し注意した方がいいと思いますよぉ?」
「おだてても無駄です!」
「おだててなんかいませんよぉ!皆さん言ってますよぉ?」
「えっ?なんて言ってるんですか?」
さくらの顔に、明らかな喜色が浮かぶ。
およそ婦女子たる者、
『かわいい』
と言われて、嬉しくないなどと言う事は無いようである。
「木村さんは、
『ちっちゃく』て、顔立ちも『とても若く』
見えるので、黙っていれば、『中学生』
みたいで『可愛らしい』ねって」
「むきーっ!!
それ、全っ然、褒めてないじゃないですか!!」
殊更『』の部分を強調されて、さくらは顔を真っ赤にした。
『華奢』
『小柄』
『童顔』
と見事に三拍子揃った彼女は、過去に何度も白昼に『補導』されかかると言う偉業を成し遂げているが、
今年で『23歳』
立派な『成人』である。
「嫌だなぁ木村さん。
私は、最初っから
『おだてる』気も、
『褒める』気もありませんって!」
邪気の全く感じさせない笑顔と、実に屈託のない口調。
内容にたっぷり含まれた毒気を本人が意識しているのかいないのか。
その表情から窺う事は出来ない。
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