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「四聖様っ。いらっしゃいますか? 四聖様!」
鴨川のほとりある、寂れた寝殿造りの住居。
人の気配など微塵も感じられない家に、明るい少女の声が、不釣合いに響いていた。
庭の草は青々と茂り、虫たちの小さな楽園となっている。
何ヶ月も放置され、人の手が加えられていない証拠だ。
破れ寺のような、そう形容しているのは式神達である。
「どうしよう。左大臣様から、急ぎの文だって道頼様はおっしゃっていたのに……」
少女は入り口の階(きざはし)から中へ入ると、低い高欄(こうらん)の取り付けられている廊下を、自分の主の名を呼びながら歩いていく。
母屋へ入ると、香の匂いが少女の鼻をくすぐった。
備え付けてある火取からは、仄かに煙が上がっている。
主人が、先ほどまでこの場所に居たという証拠だ。
少し躊躇いながらも、緊急の用件なのだからと、少女は自分に言い聞かせ、寝室である塗籠(ぬりごめ)にも足を踏み入れてみたが、捜し求める人物の姿は見当たらない。
「四聖様ったら、どこに行かれたんだろう……」
短くため息をついた時、少女の髪に留められている小さな鈴の髪飾りが、チリンと音を立てた。少女は慌てて、耳を澄ます。
シャンシャンシャン……。
三回。ということは……。
少女は飛び出すように屋敷の外へ出ると、寝殿の西側。東中門廊と対になっている、
釣殿(つりどの)を目指して駆け出した。
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