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「む、難しいです……」
「そう、難しいものです。自分たちの世界が、この庭のようなものだと気付いている人が何人居るでしょうか? 自分たちが、草の葉の間を跳ねる、小さな虫のような存在であると気付いている人が、一体どれだけ居るでしょうか? 全てはうつろっていく。永遠のものなどありえない。それを受け入れる事が出来ないのが、人の業です」
四聖は、扇を手で持て遊びながら、そう答える。
「そ、それより四聖様っ。急ぎの用件で……」
「ほう? 何事ですか?」
桜は懐から預かった文を取り出すと、それを四聖に手渡した。
「さきほど、道頼様がお越しになられて、その文をお預かりしました。なんでも左大臣様からだそうです」
「内裏が、わざわざ文を寄越すとは……珍しいこともあるものですね。分かりました。桜、ありがとうございます」
彼は微笑んで、桜の頭を軽く撫でた。
それだけで、身の内から溶けてしまいそうになる桜である。
桜は、黙って文を読む主人の姿を見つめていた。
四聖はまだ若い。
精悍な顔つきの中に、柔和で穏やかな気質と、冷たく感じるほど、冷徹で、驚異的な知性が同居している。
呪術や科学である天問道、自然科学と呪術の体系である陰陽道のどちらにも精通し、陰陽寮の組織の中でも、一目置かれている人物である。
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