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二月のある日 我が家に学習机が 届いた。父が水戸のデパートに注文した物だった。真新しい机は木の香りがして ピカピカだった。埼玉の叔母からお祝いで 頂いたランドセルを背負い 机の前で写真を撮った。その顔は おどけてのVサイン。私は 自分の大切な物を机の引き出しにしまった。そこには父からもらった 鈴のついたお守りもあった。 小学校の入学をまじかに控えた頃から 父はまったく食べ物を受け付けなくなっていた。食べても すぐに吐いてしまう 仕事も休みがちになり とうとう寝込む事が多くなった。親戚 会社の人が何度も来てくれて 医者に行く事を薦めた。父も気力の限界を感じたのだろう 会社の人の車で 町の病院へむかった。母の話しでは待合室にも座っていられないほど衰弱していたそうだ 医者は 即日入院して下さい 衰弱が酷い 父はその日入院した。私は 叔母に連れられて父の病室にむかった。父は眠っていた 点滴をされ 身動き一つしない 「お父さん死んじゃったの?」「何言っとるの寝てるだけだよ。点滴の中によく 眠れるお薬がはいってるんだよ」私は父の手を握った 暖かった 少し安心した。でも 腕も痩せ細り 目は窪み まるで別人のようだった。「お父さん…」「うぅー」父が声をだした。「マリがきたのわかったんだよ」私はもう一度父の手を握り返した。「元気になって また一緒にあそぼう」父の耳には届いてなかったかも知れない でもそう言いたかった。涙が溢れた大きな声で 泣きたかった でもできなかった。母が付き添う事になったので 私は叔母の家に行く事になった。病室を出る時 あの運動会の日の痩せた背中が 蘇った。
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