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抑揚をつけて水を吹き上げる噴水の緑に腰掛ける。
揺れる水の輪を眺めたり、
手を差し入れてきらりと輝く透明な水をすくい上げては手を高く持ち上げて、こぼす。
その合間合間に些細なことを話す。
会社の部長のあからさまな増毛のこと、
竹下さん家の生まれた五匹のブチの子犬の貰い手のこと。
頂き物のせんべいが実においしいから買ってこようと思っていること。
どうでもいい、話さなければ話さなくてもいいようなことだ。
でも、話す。
こういう言葉を漏らす相手がいないと、胸の何処かが腐っていくのだということは、私は身をもって知った。
私のそういう小話にあいずちを打ちながら、妻は飛んできた虫を、空気を切って捕らえる。
物凄く早い。
普段の身のこなしからは考えつかないような速度で、捕らえる。
「凄いね。」
「あら、すいません。
話の途中で。」
「いや、いいんだけど。」
恥じ入って、気絶させた小虫をはらりと放す。
しばらく虫は地面で伏せていた後、ぴくぴく身動きをして、また飛んでゆく。
それを惜しむような、
悔しいような、
羨ましそうな表情を浮かべて見送り、私のほうに振り返る。
「それで、どうなりましたの?」
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