26人が本棚に入れています
本棚に追加
貴族令嬢たちの壷惑的な誘いを断りながら、青年はホールに目を向けながら歩く。
ホール中にたくさんの貴族たちがいて人探しは困難だが、主を見つける自信が青年にはあった。
なぜなら、彼の主は――、
「ナガン伯爵――エルゼウス!」
爵位で呼ばれたら無視しようと三十秒前に決意していた青年は、爵位の後に呼ばれた名前に足を止めた。
数歩後ろを振り返れば、給仕姿の友人がいた。
見習いシェフだが、あまりの忙しさに給仕を手伝うことになったのだろう。
「レシン、なんだ」
友人は酷く気まずい顔をしていた。
そばかすがある顔をやや伏せ、目線だけ上に上げる。
もしや、と青年は思った。
どこぞの令嬢にでも惚れたから、仲をとりもってくれとか言うんじゃないだろうな。
それは最も青年が苦手とすることであった。
が、友人の口から出たのはそんな言葉ではなかった。
「エルゼウスと踊りたいって言う、ご令嬢がいるんだ」
青年は思わず、は?、と返した。
見習いシェフは、だから、ともう一度同じセリフを言おうとする。
青年は慌てて止めた。
「分かった。理解したよ。すまないレシン、私は踊るのは断ってるんだ。それに今それどころじゃなくて、」
最初のコメントを投稿しよう!