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「えーと、なんだっけ……えーと……」
機械を見つめて呻くリンは、頭を抱えて眉間にしわを寄せる。
さっきまで泣いていたのが嘘のような雰囲気にタクトはわずかに笑ったようだった。
「なに考えこんでんの? ぶっさいくな顔して」
「ぶっさいく……私はただその機械の名前を、あっ!」
短く叫んだと思うや否や、ビシィッとリンは機械に人差し指を突きつける。
「サーモングラフィだ!」
思い出せないことほど思い出せた時の嬉しさは類にない。が、しかしニッと笑い白い歯をのぞかせるリンとは違い、タクトはこめかみを押さえていた。
「リン……」
「ん?」
「おまえやっぱり馬鹿」
小馬鹿にしたように言うタクトにきょとんとするリン。少女の頭の上にはハテナマークが飛んでいるようだった。
「これはサーモグラフィを妨害するだけ。初期型の機械は熱関知してヒトを判断するから。だいたいサーモンとか鮭だろうが」
「えっ、やだ間違えた? うー」
「ま、間違いはいいとして、行くぞ? 早く行かないと機械兵が戻ってくるかも」
悔しそうに顔をしかめるリンの手を取り、砂埃を払う。服に染み込んだ生々しい血液はさすがにとれないが仕方がない。
「……さっきのおじさんは食べられちゃったんだよね。マザーに」
「そうだろうな。我が一部にするとかなんとか言ってたし」
母が子を喰らうなど、恐ろしいほどにおぞましい。
有無言わさず殺し、あげくの果てに喰らうなんて。
信じたくもない。
ただわかるのは、狂ったこの状況が現実だということだけだ。
タクトにとっては憎むべき、リンにとっては敬愛すべき、マザーによって今は紡ぎだされた現実。
逃げられるのだろうかと、どちらともなく心の隅で呟いていた。
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