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「まあくん、ね、あれ雪虫!」
雪生子は不意にベンチから立ち上がると、両手で優しくその虫を捕まえてみせた。
陽だまりの溢れた昼下がりの公園で、買い物袋をベンチの端に放り出したまま、二人で碧く澄み渡った空を眺めていた。
「まあくん、見た事ないって言ってたっしょ?」
雪生子は何だか懐かしい友人にでも遭遇したかのように嬉しそうだ。
『ほら』と言って開いて見せてくれた雪生子の掌には、お尻にふわふわの白い綿毛を生やした1ミリほどの小さな虫が、急に訪れた暗闇と、再び明るくなった事態に少しどぎまぎしている様子で、忙しなく動き回っている。
「見た事ないよ。だってこれ雪国にしかいないんだろ?」
「でもいたよ、ほら」
開いた雪生子の掌から虫が飛び出した。
掌から飛び立ってふわふわと空中を漂う小さな虫を目で追って、雪生子は子供みたいな顔で笑う。
僕も実物を見たのは初めてだ。
なるほどそれは『雪虫』と云う言葉以外が見つからない、不思議な虫だった。
もしこれを発見したのが僕だったとしても、この名前を付けただろうと思う。
雪の妖精か……
僕もいつしか雪生子と一緒になって虫を目で追っていた。
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