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「ただいま」
ドアを開けて言ったが、ただ狭い部屋に反響するだけで返事はなかった。
そういえばアスカは仕事があるとか言ってたことを思い出し、スーパーで買ったものをビニール袋から小さい冷蔵庫に移す。
ソファに腰を降ろしフゥと一息つくと、先程廃倉庫で別れた浩也のことを再び思い出した。
パンは渡しておいたが何か飲み物も与えておくべきだったろうか……。それとも夜に迎えにいくなんて言わないで今すぐ連れて帰れば……。いや、それだともとの彼の【所有者】に見つかったら浩也は再び研究所に連れ戻されてしまう。
いろいろ済んだことを考えていたら、不意に玄関のベルが二、三度乾いた音を鳴らした。
アスカはベルなんて鳴らさないし、来客といってもこの街じゃ限られている。だから自然とベルを鳴らした人物は搾れてきた。
「お久しぶり」
ドアを開けると、整えられた髪を真ん中で分け、眼鏡をかけ、スーツをきちんと身に纏っているビジネスマンさながらの風格を漂わせた男が顔を覗かせた。
「バリューか」
僕が彼の名前を呼ぶと、律儀にかばんを持った両手を膝につけ一礼してきた。
名前といっても、もちろん本名ではない。彼が暗黒街に来るときだけ使っている偽名だ。
「アスカさんはいらっしゃいます?」
どうやら目的はアスカのようだ。きっと僕の知らないうちにアスカが何かを頼んだのだろう。
「すぐ帰るかはわからないけど、あがって待ってるか?」
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