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「ありがとう、助かった……」
パンをかなりの早さで食べ終えた彼は、指についた粉を舐めながら言った。
「いいよ。それより君、これから行く所はある?」
僕が尋ねると彼は黙って首を横に振った。そもそも虚人に居場所なんてない事は僕だって充分承知している事だった。
「だったら……ここに連絡しな。僕の携帯だけど」
一応念のため、いつも持ち歩いているメモ用紙に、仕事用でなく僕の携帯の番号を書いて手渡した。
「今はまだ人が大勢いるけど、連絡してくれたら、夜に迎えにくるよ」
ビニール袋からパンをもう一個取り出して、彼に手渡してから立ち上がる。
「いいのか? 俺なんかが一緒にいて……」
立ち上がった僕を見上げながら彼は尋ねてきた。驚いているような、涙ぐんでいるような、不思議な表情をしていた。
「僕も、君と似たような境遇だから」
あえて質問には答えずにそれだけ言って、僕たちが入ってきた壊れたドアまで足を進める。
そして最後にもうひとつだけ、聞かなくてはいけないことを彼に尋ねた。
「研究所から逃げてきたならもう君は【4号】じゃない。【4号】になる前の君はなんて名前だったの?」
それは僕が知りたいだけでなく、彼が新しい道を歩き初めている事を認識させようと、ふっと出た言葉だった。
彼は静かに記憶を探った後答えた。
「……浩也」
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